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見本文裡帶編號的加粗詞,點一下跳到下面對應的解析。
見本文(1)
朝の通勤電車の混雑はつらいものがある1。
早高峰通勤電車的擁擠,實在讓人很難受。
満員電車にストレスを感じない人はいるまい2。
大概不會有人在滿員電車上完全感覺不到壓力吧。
日々耐えている乗客を見るにつけ3、みんな何と我慢強いのだろうと思う。
看著每天忍耐著的乘客們,我總覺得大家都好能忍。
まるで何かの訓練をしているかのようだ。
簡直就像是在做什麼訓練一樣。
朝のホームでは、いつも同じ場所に立つ。
在早上的月台,我總是站在同一個地方。
この路線にはいくつか高校があり、階段の近くに止まるこの車両には高校生がたくさん乗っている。
這條線路沿途有幾所高中,靠近樓梯停靠的這節車廂有很多高中生上車。
だからこの車両は混んでいるわりには4座れるチャンスがあるのだ。
所以這節車廂雖然擁擠,卻也有坐到座位的機會。
電車がホームに入ってきた。
電車進站了。
押されながら乗り込み、座っている高校生の前に立つ。
我被推擠著上了車,站到了一個正坐著的高中生面前。
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次の駅が近づいてきた。
下一站快到了。
前に座っている女子高生が、見ていた教科書をかばんにしまった。
坐在我前面的女高中生把正在看的教科書收進了書包。
よし、今日は座れるぞ。
太好了,今天說不定能坐到座位!
彼女が立つか立たないかのうちに5、次は自分が座るという態度を周りに示す。
她還沒等站起來,我就已經擺出一副「接下來這個座位歸我」的架勢,向周圍表明態度。
しかしその子は全然立とうとしない。
可是那女孩完全沒有要起身的意思。
教科書をしまったのは文庫本を取り出すためだった。
原來收起教科書只是為了拿出一本文庫本來看。
周りを見ると、座っている人はみんな自由に好きなことをしている。
環顧四周,坐著的人個個都自由自在地做著自己的事。
2、3人で雑誌を見ながら楽しげにおしゃべりしている6子たちもいる。
還有幾個女孩三三兩兩地看著雜誌,聊得挺開心。
そんな様子がくやしいやらうらやましいやら7…。
看著那樣子,心裡又是不甘又是羨慕……
駅に着いて乗客が降りたかと思うと8、それ以上の人が乗り込んでくる。
一到站,乘客剛下車,緊接著就有更多的人擠上來。
結局、立ったまま背中をぐいぐい押され、耐えているうちにまた次の駅に着く。
結果我還是隻能站著,被身後的人推來搡去,就這麼忍著,又到了下一站。
やはり満員電車はつらい訓練の場なのだ。
擁擠的電車果然是個磨練人的地方啊。
語法點
「〜ものがある」は、「〜感じがする」と言いたいときに使う。「具体的に何とは言えないが、そう思われる要素がある」と言うときにも使われる。
「〜ものがある」用於想說「感覺…」的時候。也用於表示「雖然說不出具體是什麼,但讓人有這種感覺的要素存在」。
接續 PI + ものがある [なAだな Nだ](現在形だけ)
例文
A:この町、ずいぶん変わりましたね。 B:ええ、便利にはなったんですが、違う町になってしまったみたいで、さびしいものがありますよ。
A:這個城市變化真大啊。 B:是啊,是變方便了,但感覺變成了另一座城市,總覺得有點寂寞。
A:四葉商事が、もうちょっと安くならないかって言ってきているんですが…。 B:これ以上の値下げは、かなり厳しいものがあるなあ…。
A:四葉商事那邊說,能不能再便宜一點……。 B:再降價的話,恐怕相當困難啊……。
A:タンさんって才能あるよね。 B:私もそう思う。彼の絵にはすばらしいものがあるよね。
A:小陳很有才華呢。 B:我也這麼覺得,他的畫有種打動人心的東西呢。
世界中で大ヒットした歌には、世代を超えて人々の心に響くものがある。
在全世界都大熱的歌曲,總有種能超越世代、打動人心的力量。
日常口語更常說
つらい/しんどい
「〜ものがある」是隨筆、評論文裡常見的委婉抽象表達,用「有一種…的感覺/意味」這種繞一圈的說法來陳述觀點,顯得含蓄有文采。它在會話裡也常用(如本課例句「さびしいものがありますよ」「厳しいものがあるなあ」),比直接說「つらい」更委婉、鄭重;朋友之間隨口說時,直接說「つらい」「しんどい」就可以了,想強調也可以加「なんか」「けっこう」這類副詞。
「〜まい」は、状況などから判断して、「〜の可能性は非常に少ないだろう」と言いたいときに使われる。
「〜まい」用於根據狀況等進行判斷,表示「…的可能性非常小吧」。
接續 Vる + まい (動詞のIIグループとIIIグループには、複数の接続のし方がある:食べる→食べるまい/食べまい する→するまい/すまい/しまい 来る→来るまい/来まい/来まい)
例文
世界経済は状況から見て、すぐに好転することはあるまい。わが社も早急に対策を考えなければならない。
從狀況來看,世界經濟不會很快好轉吧。我們公司也得儘快考慮對策。
どんなに生活習慣が変わっても、日本から畳の部屋がなくなることはあるまい。
不管生活習慣怎麼變化,日本的榻榻米房間大概不會消失吧。
双方の利害が対立しているので、A国との貿易問題は容易には解決するまい。
由於雙方利害對立,與A國的貿易問題恐怕不會輕易解決。
環境保護への関心は高まっているが、代替エネルギーの普及は簡単には進むまい。
對環保的關注度雖然在提高,但替代能源的普及恐怕不會那麼容易。
日常口語更常說
感じない人はいないだろう/いないんじゃない
「〜まい」是文語色彩很濃的推量否定「大概不會…吧」,常見於評論、隨筆、演講這類鄭重書面語境,日常對話幾乎不會用。口語裡表達同樣的意思會說「感じない人はいないだろう」,或者更隨意地說「感じない人、いないんじゃない?」。「まい」這個詞尾本身在現代日語口語裡已經基本消失,只在書面語和一些固定表達(比如「二度と〜まい」發誓時)裡還偶爾出現。
Plus 「絶対〜するのはやめよう」という強い意志 ★★
「〜まい」は「絶対〜するのはやめよう」という強い意志を表すこともある。
「〜まい」也可以用來表達「絕對不再做…」的強烈意志。
有名レストランへ行ったが、そのサービスの悪さに二度と行くまいと思った。
去了家有名的餐廳,但因為服務太差,我下定決心再也不去了。
彼女に振られた直後は、もう恋なんかするまいと思っていたが…。
剛被她甩的時候,一度想著再也不要談戀愛了……。
お酒を飲みすぎて階段から落ちてから、もう二度とお酒は飲むまいと心に誓った。
喝多了從樓梯上摔下來之後,我下定決心再也不喝酒了。
「〜につけ…」は、「何かを見たり聞いたりするたびに(いつも…と思う)」と言いたいときに使う。
「〜につけ…」用於表示「每當看到或聽到某事(就總會想到…)」。
接續 Vる + につけ (「暑いにつけ寒いにつけ」のような慣用表現で「どんなときも」という気持ちを表すこともある)
例文
電車の中で走り回る子どもたちを見るにつけ、家庭でしっかりしつけをしろと言いたくなる。
每當看到在電車裡到處亂跑的孩子,就忍不住想說,應該在家好好管教。
戦争の悲惨な体験を聞くにつけ、平和の大切さを痛感する。
每當聽到戰爭的悲慘經歷,就深切感受到和平的可貴。
環境汚染のニュースを聞くにつけ、健康への影響に不安を感じる。
每當聽到環境汙染的新聞,就會對健康的影響感到不安。
よいにつけ悪いにつけ、人はうわさ話をしたがるようだ。
不管是好事還是壞事,人似乎總喜歡說閒話。
母は何かにつけ、心配して電話してくる。
我媽不管什麼事,都會擔心地打電話過來。
日常口語更常說
見ると/見るたびに
「〜につけ」(每當…就…)帶著比較文雅的書面語感,常見於隨筆、評論中做歸納性的感慨。口語裡更常用的是「見ると」或者「見るたびに」,比如本課例句「日々耐えている乗客を見るにつけ」,口語會說成「毎日我慢してる乗客を見ると」或「見るたびに」,意思一樣但少了那種斯文的書卷氣。
「この部屋は、広いわりに家賃が安い」のように「〜わりに…」の形で、「〜から当然考えられる程度(広ければ家賃が高い)と比べれば…である(家賃が安い)」と言いたいときに使う。
如「この部屋は、広いわりに家賃が安い」(這房間雖然寬敞,房租卻便宜),以「〜わりに…」的形式,表示「與從〜合理推測出的程度(寬敞的話房租應該貴)相比,…(房租卻便宜)」。
接續 PI + わりに [なAだな Nだの]
例文
この料理は簡単なわりに豪華に見えるので来客のときによく作るんです。
這道菜做法雖然簡單,看起來卻很豪華,所以有客人來的時候我常做。
彼女は映画が好きだと言うわりには、映画のことを知らない。
她說喜歡電影,可對電影卻不怎麼了解。
祖父は年齢のわりに若く見える。
爺爺看起來比實際年齡年輕。
安田さん、テニスが嫌いだと言っていたわりには、熱心に練習していますね。
安田,你不是說討厭網球嗎,練習得卻挺認真的呢。
日常口語更常說
混んでるわりに
「〜わりには」其實是這本教材裡少數書面/口語通用度都很高的語法點——日常聊天說「このお店、安いわりにおいしいよね」完全沒有違和感。唯一的差別是:書面文章裡常用更完整的「〜わりには」,口語裡則經常省略成更短促的「〜わりに」,比如本課例句「混んでいるわりには座れる」,口語說快了就變成「混んでるわりに座れるんだよね」,屬於口語裡的自然縮讀,不是替換成另一種說法。
「〜か〜ないかのうちに…」は、「〜の動作が完全に完了しないくらい短い時間の間に」と言いたいときに使う。
「〜か〜ないかのうちに…」用於表示「在〜這個動作還沒完全結束的極短時間內」。
接續 Vる/Vた + か + Vない + かのうちに (同じ動詞を使う)
例文
早食い選手権を見ていたら、選手たちは食べ物を口に入れたか入れないかのうちに、次の料理に手を伸ばしていた。
看快食大賽的時候,選手們食物才剛放進嘴裡沒多久,就已經伸手去拿下一道菜了。
5時になるかならないかのうちに、彼はさっさと帰り仕度を始めた。
快到5點還沒到5點的時候,他就已經麻利地開始收拾東西準備回家了。
早朝から開店セールに並んだ人たちはドアが開くか開かないかのうちに、どっと店内になだれ込んだ。
從清早就為開店促銷排隊的人們,門剛開一條縫,就一窩蜂地湧進了店裡。
日常口語更常說
立ったとたんに/立ってすぐ
「〜か〜ないかのうちに」(在…還沒完全…的極短時間內)是結構比較複雜、文學感很強的時間表達,隨筆、小說裡常用來渲染「說時遲那時快」的緊迫感。日常口語裡想表達類似意思,更常用結構簡單得多的「〜たとたんに」或「〜てすぐ」,比如「彼女が立つか立たないかのうちに」口語會說成「彼女が立ったとたん」,雖然「說時遲那時快」那種細膩的臨場感會打點折扣,但更符合隨口說話的節奏。
「〜げ」は、「〜そうだ」と同じように、見て感じた印象を言うときに使われる。気持ちを表す言葉と一緒に使われることが多い。
「〜げ」和「〜そうだ」一樣,用於表達看到後感受到的印象,常與表示心情的詞一起使用。
接續 いA(去い)/なA + げ (「〜げ」はな形容詞になる。「さびしい・悲しい・楽しい・不安・得意・満足・〜たい」などの言葉と一緒に使われる)
例文
プロジェクトメンバーは、誇らしげな表情で成功したことを報告した。
專案組成員帶著自豪的神情報告了成功的消息。
映画のラストシーンで、主人公がさびしげに微笑んだのが印象的だった。
電影的最後一幕,主人公落寞地微笑,令人印象深刻。
彼女はしかられている間、何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。
她被批評的時候,好像有話想說,但最終什麼也沒說。
夏はやっぱり涼しげなワンピースがいいですね。
夏天還是穿看起來涼爽的洋裙好呢。
日常口語更常說
楽しそうにおしゃべりしてる
「〜げ」(〜そうだ的書面同義詞)多見於小說、隨筆描寫人物神態,比如「さびしげ」「言いたげ」這類文學腔的用詞。日常口語裡幾乎只用「〜そう」,比如本課「楽しげにおしゃべりしている」口語裡就是最普通的「楽しそうにしゃべってる」,「〜げ」這個詞尾本身就是一個文言殘留成分,說話時用出來會顯得很書面、甚至有點做作。
「AやらBやら」は、「AやBなど」「AたりBたり」と同じ意味で、例をあげて、いろいろあって大変だったり驚いたりした気持ちを表す。どちらかはっきりわからないことを表す場合もある。
「AやらBやら」與「AやBなど」「AたりBたり」意思相同,透過舉例表示「事情繁雜、辛苦或驚訝」的心情。有時也用於表示「不太確定是哪一種」的語感。
接續 Vる/いA/N + やら + Vる/いA/N + やら
例文
部屋代やら、交通費やら、日本はとにかくお金がかかる。
房租啦、交通費啦,在日本總之特別花錢。
酔った彼女は、泣くやら、わめくやら、手がつけられない状態だった。
喝醉的她又哭又鬧,簡直沒法收拾。
海で子どもを助けたことが新聞に載って、うれしいやら恥ずかしいやら…。
在海邊救了小孩這件事登上了報紙,又高興又不好意思……。
日常口語更常說
悔しいし、うらやましいし
「AやらBやら」用舉例的方式表達心情複雜、五味雜陳,帶一點隨筆式的感嘆語感。日常口語裡更簡單的說法是「AしBし」或者乾脆兩個詞並列加個「も」,比如本課「くやしいやらうらやましいやら」口語會說成「悔しいし、うらやましいし…」或者「悔しいのと羨ましいのと両方」,「やら」這個並列助詞在口語裡出現頻率明顯低於書面語。
8乗客が降りたかと思うと
★★★状況が急に変わったことを強調して説明するときに使う。自分のことを説明するときには使わない。
用於強調說明狀況突然發生變化。不用於說明自己的事情。
接續 Vた + [かと思うと/かと思ったら]
例文
青空を飛んでいた鳥は突然海に潜ったかと思うと、魚を口にくわえて出てきた。
在藍天中飛翔的鳥突然一頭扎進海裡,緊接著就叼著一條魚鑽了出來。
工場でドンと大きな音がしたかと思うと、真っ赤な火が燃え広がった。
工廠裡傳來「咚」的一聲巨響,緊接著就竄起了熊熊大火。
空が光ったかと思ったら、校庭の桜の木に大きな雷が落ちた。
剛一道閃光,緊接著校園裡的櫻花樹就被雷劈中了。
この前、絵画クラブに入ったかと思ったら、今度はテニス部。妹はすぐ飽きてしまうようだ。
前陣子剛加入繪畫社,這次又是網球部。妹妹好像總是三分鐘熱度。
日常口語更常說
降りたと思ったら
這條語法點本身接続欄就寫著「かと思うと/かと思ったら」兩種形式並存——「かと思うと」書面語感稍重,常見於隨筆描寫場景急轉直下;「かと思ったら」則是同一句型更隨口的說法,日常聊天裡幾乎只會用「かと思ったら」,比如「乗客が降りたかと思うと」口語裡會說成「降りたと思ったら、もっと乗ってきて」。換句話說,這條不需要額外去找別的替代詞,只要記住「随笔里用かと思うと,說話時用かと思ったら」就行。